生命の起源に関する一考察(2)
雄博会千住病院 松田 源治
II 宇宙の起原と進化
前回において,主として宇宙の起原とその後の進化過程において推測される素粒子の形成および原子の形成について述べた。そこで今回は種々の元素の起原について話を進めたいが,その前にこれらの事実と密接な関係にある原子の構造について少し述べることにする。
II-c 原子の構造
良く知られている如く,原子は原子核と電子より成る。その原子核を構成しているのは陽子と中性子すなわち核子(nucleon)である。各原子はそれぞれ原子番号を有するが,これは原子核内の陽子の数を示している。また各原子の質量数は原子核を構成する陽子の数と中性子の数の和である。更に陽子はプラスに荷電しており,中性子は電気的に中性である。
他方,電子は原子内において原子核の周りの一定の軌道を回っており,陽子のプラス電気に相当する量のマイナス電気を有し,質量は陽子や中性子の大凡1,800分の1である。普通の原子ではその核内の陽子数と核外の電子数とは等しいので,それらのプラスの電気とマイナスの電気とが中和して電気的に中性である。これらの中性原子から電子を除いたり,あるいは,電子を加えたりすることによって,プラス・イオンあるいはマイナス・イオンを生ずる。
原子内において,電子は原子核の周りの軌道を回っていると述べたが,このことから例えば太陽とその周りを回っている地球などの惑星との関係をイメージする人もいるかも知れない。しかし,原子内における電子の動きはそれらとは可成り異なっており,複雑である。そのことについて少し述べることにする。原子核の周りを電子が回る軌道はボーア軌道とよばれる。これは1912年に原子構造モデルを提出したボーア(Niels Bohr)に由来する。このボーア軌道の概念はその頃次第に確立されつつあった量子論の影響によって,少しずつ変化し,発展してきた。1900年にプランク(Max Planck)によって提出された量子仮説は,その後のゾンマーフェルト(Arnold Sommerfeld)による原子スペクトルの研究ハイゼンベルグ(Werner Heisenberg)による行列刀学における運動方程式,シュレーディンガー(Erwin Schroedinger)による波動力学における波動方程式,ハイトラー(Walter Heitler)およびロンドン(Fritz London)あるいはポーリング(Linus Pauling)らによる量子力学における分子構造の研究その他の研究によって,量子論として急速に発展してきた。
これらの量子論の発展と並行して,原子構造あるいは原子内素粒子の複雑な挙動が可成り明らかになってきた。例えば,電子は粒子としての性質とともに,ある種の状況では波動関数で示されるような干渉現象を示す。他方,光が波動であることは良く知られていることであるが,光電効果では光は粒子としての挙動を示す。その際,光は光子(photon)とよばれる。すなわち,素粒子は粒子としての性質と波動としての性質の2面性を有し,測定装置の種類に応じて,ある場合には粒子性を示し,ある場合には波動性を示すものと考えられる。若しかしたら,私達の知らないような粒子でも波動でもない両者を共有する状態が存在するのかも知れない。
次には,原子内部の素粒子の関与する質量,電荷,エネルギー,運動量などが量子化されていることである。すなわち,それらは常にある単位量の整数倍の値をとる。従ってそれらの値は常に不連続性であり,階層性である。言い換えると,連続性ではないことである。これらの事実はニュートン(Isaac Newton)にはじまる古典力学においては考えられないことであった。ブランクは原子発光におけるエネルギー・スペルクトルが不連続な値をとることから,光を放射あるいは吸収する振動数νの振動子を仮定し,そのエネルギーは光の放射あるいは吸収に際して,hνの整数倍ずつ変化するという量子仮説を捉出した。このhはブランク定数(Planck Constant)とよばれるものである。
このような原子内部の量子化によって,原子内部には原子核の周りに何層かの電子の層が形成されている。それは殻構造(shell strcture)とよぱれる。その際の電子配置(electron configuration)は主量子数(principal quantum number)nと方位量子数(azimuthal quantum number)lで決められる。そのうち主量子数によって決められるものは殻とよばれ,内側からK.L.M.N.O殻などがある。そして,それぞれの殻に入る電子の数はパウリ(Wolfgang Pauli)の法則に従って,内側から2n2(n=1,2,3,……)個ずつ,すなわち2,8,18……などである。さらに,方位量子数によって決められるものは亜殻とよばれ,殻を更に細分し,内側からs,p,f,g亜殻……などがある。それぞれの亜殻に入る電子の数も主量子数の場合と同様にパウリ法則に従って,内側から2(2l+1),(l=0,1,2,3……)個ずつ,すなわち,2,6,10……などである。このようにして,原子核と電子を含む原子の内部においては,エネルギー的均衡(energic balance)が保たれていると考えられる。若し,原子内における電子のポーア軌道を変えようとするならば,ある単位量の整数倍のエネルギー量の放射あるいは吸収が必要である。
それでは私達は原子内の電子の軌道運動を適確に知ることができるであろうか。それを知るためには,ある電子の位置と速度(運動量)をある瞬間において同時に正確に測定する必要がある。しかし私達はこの両者を同時に正確に測定することは不可能である。一方を正確に測定しようとすると,他方は不正確になってしまう。これは測定技術の間題ではなく,原理的に不可能なことである。この原理はハイゼンベルグ(Werner Heisenberg)の不確定性原理(uncertainty principle)とよばれる。このように量子力学における素粒子の位置と速度(運動量)との関係は相捕性である。そして,この相補性は素粒子のエネルギーと時間との間にも同様に認められる。
従って,原子内における電子の運動は確率的に示さざるを得なくなる。この確率論に対して,アインシュタイン(Albert Einstein)は「神はサイコロを振り給わず」と最後まで批判的であったが,これに対して,友人のボーアは「量子論の世界に神を持ち出さざるべし」とアインシュタインをたしなめたと言われている。それでは原子内の電子のポーア軌道を分かり易くイメージするためにはどのようにしたら良いであろうか。例えば原子内の原子核の周囲に電子雲を画き,その雲の濃度の濃いところにおいて,電子の存在の確率が高いとする方法もある。あるいは,将来より良い方法が出されるかも知れない。ただ確実に言えることはその原子内におけるエネルギー的均衡は厳密に保たれていることである。
II-d 種々の元素の起原
そこで,話を再び元に戻すことにする。前にも述べた如く,この宇宙の水素やヘリウムの大部分は宇宙誕生の大爆発(ビッグバン)より30万年後あるいは100万年後の著しい高温の中で生じたとされているが,その他の元素はどのようにして生じたものであろうか。先ず,原子宇宙に生じた水素やヘリウムはそれらの有する万有引力(重力,universal gravitation)によって,互いに集まってガス雲を生成し,さらに種々の星の形成へと進んだ。それらの星の集団が原始銀河である。
太陽を含む多くの主系列の恒星(fixed star)は水素を主成分とし,ヘリウムを副成分とする巨大ガス球と考えられている。そして,その内部においては重力あるいは万有引力によって生ずる巨大な圧力と内部の高温によって生ずるガス圧との間にエネルギー的均衡が保たれている。例えば太陽の中心部での圧力は1,600億気圧もあり,またその中心部の温度は1,500万〜2,000万度とも推測されている。このような高温,高圧のもとでは水素原子から電子が飛び出して,裸の陽子を生じ,それらの裸の陽子が一連の原子核反応を起こす。すなわち,4個の水素原子核が融合して,ヘリウムを生ずる。その際2個の陽電子と2個のニュートリノが飛び出し,エネルギーを放出する。ヘリウム原子核は2個の陽子と2個の中性子とから成る。因に,放射性元素が崩壊する際に放出されるα粒子はこのヘリウムの原子核である。なおβ粒子は電子であり,γ線は波長の短い電磁波である。前にも述べた如く,ヘリウムは宇宙誕生の大爆発(ビッグバン)の後にも生成されている。このような星の内部における水素の核融合反応は徐々に進行する。太陽の場合は,100億年の寿命を支えるに足る水素燃料を持っているとされている。一般により重い星はより強く輝き,より早く燃料を消費するので,燃料は豊富であるけれども,より軽い星に比して,その寿命は比較的に短かい。
一般に原子の原子核の質量はそれを構成している陽子と中性子の質量の和より,僅かであるが,小さいことが知られている。これは質量欠損(mass defect)とよばれる。それは核子が結合する時に大量の結合エネルギーを放射線の形で放出するからである。これらの事実はアインシュタイン(Albert Einstein)による特殊相対性理論(special theory of relativity)に基づくエネルギーと質量の等価性の関係式,E=mc2で示すことができる。Eはエネルギー,mは質量,cは光速度である。従って化学反応特に核反応においては,厳密な意味では,ラヴオアジェ(Antoine Lavoisier)の質量保存の法則(Law of conservation of mass)は適用できなくなる。ただし,普通の化学反応では±2×10-7〜10-8%程度の実験誤差の範囲内で利用できることが確かめられている。しかし,核反応においては反応の前後における質量の変化は比較的に大きくなるが,エネルギーと質量の等価性を含めて考えると,広義の質量保存の法則は成立することになる。因に水素の核融合反応によってヘリウムを生ずる場合に放出されるエネルギー量は6.1×1011 calである。これに対して炭素と酸素が結合して二酸化炭素を生ずる場合に放出されるエネルギー量は9.8×104 calである。核反応のエネルギーが如何に大きいか理解できる。
他方,星の分類を示す図として,ヘルツシュプルング・ラッセル図(Herzsprung - Russel diagram, H-R diagram)が知られている。この図は星の表面の温度,光度および色の関係を示すものであり,縦軸に星の光度をとり,横軸に温度をとっている。ただし,その温度は向かって左側が高温であり,右側が低温である。この図の中に左上から右下に向かって弧状に伸びる帯状の領域を想定し,これをA帯と称する。太陽その他の多くの恒星はこのA帯の中またはその付近に分布している。そして,このA帯の左上の方に分布する星はより高温で,より明るい星である。これに対して,右下の方に分布する星はより低温で,より暗い星である。
水素を燃料とする核融合反応が星の内部において進行すると,ヘリウムが蓄積してくる。このヘリウムは水素に比して,エネルギーを星の表面に伝え難いために,エネルギーは星の中心部にこもって,星の中心部の温度はより大きく上昇し,核融合反応の速度もより早くなり,その星はより明るく輝くようになる。すなわち,A帯に分布する多くの星は右下の方から,次第に左上の方に移行することになる。そして,その移行速度は前にも述べた如く星の質量の大きさによって,大きく異なる。
星の進化が更に進んで,その中心部に蓄積するヘリウムの量がその星全体の10分の1位までになると,それらの星に変化がおきてくる。すなわち,星の中のヘリウムを主成分とする中心部はより小さく収縮して,その内部の温度と密度は更に上昇する。他方,星の中の水素を主成分とする外層部分は更に膨脹して,星全体の半径は著しく増大する。そして,もとの半径の50倍にもなるといわれている。恒星の赤色巨星(red giant star)ヘの進化である。これらの星はH-R図の右上のB帯に分布し,星が大きいために明るくみえるけれども,その表面温度は低く,色が赤い。オリオン座のベテルギウスなどはその典型である。
この赤色巨星の内部においては,ヘリウムという新しい核燃料による核融合反応が進行し,重力とガス圧との問に新たなエネルギー的均衡関係ができ上る。そして,この新しい核融合反応によって,リチウム(Li),ベリリウム(Be)およびホウ素(B)を通り越して,先ず炭素(C),窒索(N)および酸素(O)が生成される。
それらの生成機構は一仮説として次の如く説明されている。例えば先ず2個のヘリウム原子核(2個の陽子と2個の中性子とから成る)が衝突して,ベリリウム原子核を生ずる。ベリリウム原子核は分解し易いが,それが分解する前に,第3のへリウム原子核が衝突して,炭素の原子核(6個の陽子と6個の中性子とから成る)を生じ,それに6個の電子が結合して炭素原子となる。また,炭素原子核に1個の陽子と1個の中性子が衝突して融合すると,窒素原子核(7個の陽子と7個の中性子とから成る)を生,じ,それに7個の電子が結合して,窒素原子となる。さらに炭素原子核に1個のヘリウム原子核が衝突して融合すると,酸素原子核(8個の陽子と8個の中性子とから成る)を生じ,それに8個の電子が結合して,酸素原子となる。このようにして赤色巨星の内部においては,先ず炭素,窒素および酸素が生成される。他方,リチウム,ベリリウムおよびホウ素の多くは,後に生成される重い元素に核子が衝突し,それらの重い元素の分裂によって生ずると思われている。そして,太陽程度の質量を有する星では,その赤色巨星に止まる期問はせいぜい数百万年に過ぎないとされている。
その後の赤色巨星の運命はそれらの質量の大きさによって大きく異なる。このことに関連してチャンドラセカール(Subramanyan Chandrasekhar)によるチャンドラセカール質量(Chandrasekhar mass)が知られている。すなわち,比較的に質量の小さいもの,例えば,チャンドラセカール質量(太陽の約l.4倍)以下のものはやがて白色矮星(white dwarf)へと進化する。これらの星の表面温度は高温であるが,比較的に小さいため,比較的に暗く見える。色は白色である。そして,この白色矮星はその後ゆっくりと冷却して,最後に恒星としての静かな終末を迎える。この自色矮星は後に述べる如く,生命の起原に関連して,私が注目しているものの一つである。ただし,白色矮星でも近くに接近した星から物質を供給されて生き返り,いわゆる超新星爆発を引き起こすこともある。他方,チャンドラセカール質量以上の星の場合は,中心部の圧力と温度が更に高くなるので,新たな核融合反応が次々と起り,それまでに生成されていた炭素,窒素あるいは酸素より重い新たな元素が次々と生成される。例えば炭素原子核は核融合をおこして,ネオン(Ne)やマグネシウム(Mg)の原子核を生成する。酸素原子核も核融合をおこして,珪素(Si)や硫黄(S)の原子核を生成する。更に珪素原子核が核融合をおこして,鉄(Fe)の原子核を生成する。そして,それらのネオン,マグネシウム,珪素,硫黄さらに鉄の原子核にそれぞれの原子核の陽子数に等しい数の電子が結合すると,それぞれの元素が生成されることになる。また,その他の種々の原子核反応によって,鉄までの全ての元素の原子核が作られ,更にそれらに電子が結合して,鉄までの全ての元素が作られることになる。
鉄の原子核は全ての元素の原子核の中で最も安定であり,特別の地位を占めている。そして,鉄および鉄より軽い元素の原子核を核融合反応によって生成する場合には,エネルギーを放出するけれども,鉄より重い元素の原子核を核融合反応によって生成する場合には,エネルギーを吸収する。従って,これらの星の中心部に鉄が蓄積すると,もはや核融合反応によって,エネルギーを放出することができなくなる。そのために星の外から内部に向う重力のエネルギーと,星の内部から外に向うエネルギーとの間のエネルギー的均衡が崩れて,一挙に超新星爆発へと進む。その光度は太陽の10億倍ともいわれ,数週問にわたって輝き,太陽がその一生にわたって放出するエネルギー量に相当する量のエネルギーを開放する。その際,それまでに星の体内において作られた鉄までの全ての元素は字宙空問にばらまかれる。それと同時に,その高温によって新たな核融合反応がおこり,鉄より重い金,銀,ウランその他の全ての元素が合成される。ここに至って,この字宙に存在する全ての元素が生成されることになる。私達の住んでいるこの地球を構成する全ての元素も上記のような原始宇宙に存在した星達によって生成されたものである。言うまでもなく,この地球上に存在する全ての生物を構成する元素もこれらの星に由来する。従って最初の生物がこの地球上において生成されたと主張している人達もそれを構成していた元素は全て他の星に由来することを忘れてはならない。
なお,星の生成と進化の研究で重要な貢献をしたチャンドラーセカールは残念ながら最近の1995年8月に84才で亡くなった。彼の理論は非常に独想的であり,しかも非常に明快であり,私の尊敬する科学者の一人であった。彼はパキスタン(当時のインド)のラホールで生まれた。19才の時にイギリスに留学したが,その船旅の途中で,夜空の星を眺めながら,星の生成と進化の理論に着想した。その後,イギリスのケンブリッヂ大学で博士課程を終えて,アメリカに渡り,後にシカゴ大学の教授となり,そこで彼の星の生成と進化に関する理論を華々しく展開して,1983年にノーベル物理学賞を受賞した。彼のご冥福を心からお祈りしたい。